あの頃はよかった
そう思うとしたら、自分がもう大人になってしまったからなのだろう
記憶というのはいつのまにか懐かしくいい匂いのするものにつくりかえられてしまう
けれど、本当は、よかったはずのあの頃には、ただのぼうっとした一人の子供がいるだけなのだ
あの頃はなにも知らなかった。なにもわかってなかった
だからこそあきれるほど無防備に勇敢でいられたし、好きなだけ臆病で孤独にいられた
くだらないものを大切にして、大切なものを無造作にあつかった
あの頃出会った人たちを何人思い出すことができるだろう
友達と呼んでいた人たちは今、何をしているのか。もう会えない人もいる。行方さえ知らない人もいる
たとえ再び出会えたとしても、もうあの頃の自分達ではない。あれはあの頃の私であり、あの人だったから起こり得たことだったと、あの頃はまるで知らずにいた
大人は、失ったものと出会って泣く。
そう思うとしたら、自分がもう大人になってしまったからなのだろう
記憶というのはいつのまにか懐かしくいい匂いのするものにつくりかえられてしまう
けれど、本当は、よかったはずのあの頃には、ただのぼうっとした一人の子供がいるだけなのだ
あの頃はなにも知らなかった。なにもわかってなかった
だからこそあきれるほど無防備に勇敢でいられたし、好きなだけ臆病で孤独にいられた
くだらないものを大切にして、大切なものを無造作にあつかった
あの頃出会った人たちを何人思い出すことができるだろう
友達と呼んでいた人たちは今、何をしているのか。もう会えない人もいる。行方さえ知らない人もいる
たとえ再び出会えたとしても、もうあの頃の自分達ではない。あれはあの頃の私であり、あの人だったから起こり得たことだったと、あの頃はまるで知らずにいた
大人は、失ったものと出会って泣く。
そのうち お金が貯まったら
そのうち 家でも建てたら
そのうち 子供から手が放れたら
そのうち 仕事が落ち着いたら
そのうち 時間のゆとりができたら
そのうち…………
そのうち………
そのうち………… と、できない理由を繰り返しているうちに 結局は何もやらなかった
空しい人生の幕が下りて 頭の上に 淋しい墓標が立つ
そのうち そのうち 日が暮れる
今来たこの道 かえれない
そのうち 家でも建てたら
そのうち 子供から手が放れたら
そのうち 仕事が落ち着いたら
そのうち 時間のゆとりができたら
そのうち…………
そのうち………
そのうち………… と、できない理由を繰り返しているうちに 結局は何もやらなかった
空しい人生の幕が下りて 頭の上に 淋しい墓標が立つ
そのうち そのうち 日が暮れる
今来たこの道 かえれない
『生きる』−谷川俊太郎
2005年8月6日 ポエム生きているということ
いま生きているということ
それはのどがかわくということ
木もれ陽がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみをすること
あなたと手をつなぐこと
生きているということ
いま生きているということ
それはミニスカート
それはプラネタリウム
それはヨハン・シュトラウス
それはピカソ
それはアルプス
すべての美しいものに出会うということ
そして
かくされた悪を注意深くこばむこと
生きているということ
いま生きているということ
泣けるということ
笑えるということ
怒れるということ
自由ということ
生きているということ
いま生きているということ
いま遠くで犬が吠えるということ
いま地球が廻っているということ
いまどこかで産声(うぶごえ)があがるということ
いまどこかで兵士が傷つくということ
いまぶらんこがゆれているということ
いまいまが過ぎてゆくこと
生きているということ
いま生きているということ
鳥ははばたくということ
海はとどろくということ
かたつむりははうということ
人は愛するということ
あなたの手のぬくみ
いのちということ
いま生きているということ
それはのどがかわくということ
木もれ陽がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみをすること
あなたと手をつなぐこと
生きているということ
いま生きているということ
それはミニスカート
それはプラネタリウム
それはヨハン・シュトラウス
それはピカソ
それはアルプス
すべての美しいものに出会うということ
そして
かくされた悪を注意深くこばむこと
生きているということ
いま生きているということ
泣けるということ
笑えるということ
怒れるということ
自由ということ
生きているということ
いま生きているということ
いま遠くで犬が吠えるということ
いま地球が廻っているということ
いまどこかで産声(うぶごえ)があがるということ
いまどこかで兵士が傷つくということ
いまぶらんこがゆれているということ
いまいまが過ぎてゆくこと
生きているということ
いま生きているということ
鳥ははばたくということ
海はとどろくということ
かたつむりははうということ
人は愛するということ
あなたの手のぬくみ
いのちということ
「便 所 掃 除」
濱 口 國 雄
扉をあけます
頭のしんまでくさくなります
まともに見ることが出来ません
神経までしびれる悲しいよごしかたです
澄んだ夜明けの空気もくさくします
掃除がいっぺんにいやになります
むかつくようなババ糞がかけてあります
どうして落着いてしてくれないのでしょう
けつの穴でも曲がっているのでしょう
それともよっぽどあわてたのでしょう
おこったところで美しくなりません
美しくするのが僕らの務めです
美しい世の中も こんな処から出発するのでしょう
くちびるを噛みしめ 戸のさんに足をかけます
静かに水を流します
ババ糞におそるおそる箒をあてます
ポトン ポトン 便壺に落ちます
ガス弾が 鼻の頭で破裂したほど 苦しい空気が発散します
落とすたびに糞がはね上がって弱ります
かわいた糞はなかなかとれません
たわしに砂をつけます
手を突き入れて磨きます
汚水が顔にかかります
くちびるにもつきます
そんな事にかまっていられません
ゴリゴリ美しくするのが目的です
その手でエロ文 ぬりつけた糞も落とします
大きな性器も落とします
朝風が壺から顔をなぜ上げます
心も糞になれて来ます
水を流します
心に しみた臭みを流すほど 流します
雑巾でふきます
キンカクシのうらまで丁寧にふきます
社会悪をふきとる思いで力いっぱいふきます
もう一度水をかけます
雑巾で仕上げをいたします
クレゾール液をまきます
白い乳液から新鮮な一瞬が流れます
静かな うれしい気持ちですわってみます
朝の光が便器に反射します
クレゾール液が 糞壺の中から七色の光で照らします
便所を美しくする娘は
美しい子供をうむ といった母を思い出します
僕は男です
美しい妻に会えるかも知れません
濱 口 國 雄
扉をあけます
頭のしんまでくさくなります
まともに見ることが出来ません
神経までしびれる悲しいよごしかたです
澄んだ夜明けの空気もくさくします
掃除がいっぺんにいやになります
むかつくようなババ糞がかけてあります
どうして落着いてしてくれないのでしょう
けつの穴でも曲がっているのでしょう
それともよっぽどあわてたのでしょう
おこったところで美しくなりません
美しくするのが僕らの務めです
美しい世の中も こんな処から出発するのでしょう
くちびるを噛みしめ 戸のさんに足をかけます
静かに水を流します
ババ糞におそるおそる箒をあてます
ポトン ポトン 便壺に落ちます
ガス弾が 鼻の頭で破裂したほど 苦しい空気が発散します
落とすたびに糞がはね上がって弱ります
かわいた糞はなかなかとれません
たわしに砂をつけます
手を突き入れて磨きます
汚水が顔にかかります
くちびるにもつきます
そんな事にかまっていられません
ゴリゴリ美しくするのが目的です
その手でエロ文 ぬりつけた糞も落とします
大きな性器も落とします
朝風が壺から顔をなぜ上げます
心も糞になれて来ます
水を流します
心に しみた臭みを流すほど 流します
雑巾でふきます
キンカクシのうらまで丁寧にふきます
社会悪をふきとる思いで力いっぱいふきます
もう一度水をかけます
雑巾で仕上げをいたします
クレゾール液をまきます
白い乳液から新鮮な一瞬が流れます
静かな うれしい気持ちですわってみます
朝の光が便器に反射します
クレゾール液が 糞壺の中から七色の光で照らします
便所を美しくする娘は
美しい子供をうむ といった母を思い出します
僕は男です
美しい妻に会えるかも知れません